昭和58年(1983)、乱立していた電柱を集約し、道路を人工石舗装に改装。老朽化した建物も次第に高層化され、グルメ&ファッションの街と呼ばれるようになりました。路面には広島と中国の子どもたちが描いた魚介類の絵が、540個の石に刻まれています。